石清水社へ ② 〈聖地探訪-石清水社へ向かう坂道で-竹林〉

聖地探訪 ~石清水社へ

〈聖地探訪-石清水社へ向かう坂道で-竹林〉

次はいよいよ石清水八幡宮の核となる石清水社へ向かいますが、人は誰もいません。こちらの道は昔は表参道でしたが、今はケーブルが走り、ほとんどの観光客がそちらの方を利用しているようです。だからこそ守られている何かがあるのかもしれません。

上り坂に差し掛かり、急な坂道を登り始めると暑い日差しから生い茂った木々が守ってくれてはいますが、気温は高く、汗がすぐに出て来ました。足もなかなか上がりづらくなってきました。息も切れ切れに、ふと足を止め周りを見ると綺麗な竹林が広がっています。

その場で教えて頂いた説明によると、発明王エジソンが電球に使った日本の竹はこの石清水八幡宮の竹との事。確かにガイドマップにはエジソン記念碑が載っています。

昔から、エジソンが京都の竹を使ったという事は聞いていましたが、なぜ日本の京都の竹が電球のフィラメントに良かったのだろうという疑問が頭の片隅に残っていました。そこで、今回これを機に調べてみる事にしました。

〈エジソンの話し-竹のフィラメント〉

白熱電球を発明したのはイングランドの物理学者 ジョセフ・スワンですが、彼の電球は紙製のフィラメントで数十秒で切れてしまう寿命の短いものでした。

それをエジソンは木綿糸にタールを塗って、それを炭化させて作ったフィラメントで40時間以上、灯すことに成功したのです。

そして、あるとき、机の上にあった中国製の扇子の竹を使って試したところ200時間も光り続けたのです。そして、竹に注目し、世界中の竹を集める為、10万ドルの資金で20名の調査員を世界中に派遣し1200種類あるといわれる竹を集めたのです。

日本に来た調査員は当時の首相、伊藤博文や外務大臣の山県有朋に「竹なら京都」とアドバイスを受けます。また、京都の府知事から「竹なら八幡か嵯峨野がいい」と言われます。そして、八幡男山付近の真竹を使って作った電球が約2450時間も灯り、エジソン主催の世界竹選手権で見事1位を獲得したそうです。実用的な明るさではなかったのかもしれませんが、現在の白熱電球でも寿命が1000時間からせいぜい2000時間程度ですから、驚異的ですね。そして実用的な明るさで数百時間点灯する電球が八幡の真竹によって作られ、次の素材が現れるまでの約10年間製造されたそうです。エジソンは、竹を輸入するに当たって細かく指示を出していたそうです。肥料の施していない8年から10年の真竹で、10月から12月に収穫し、根から1メートル上の12節で外皮を1センチ幅にして100本に束ねて納めるようにとしています。こうして、八幡の竹は1884年までエジソン電灯会社に輸出され、全世界に明かりを灯し続けたのです。

〈石清水八幡宮の竹はなぜ優れているのか〉

さて、なぜこの地の竹が優れているのでしょう。

この土地は鉄分が多く、堅牢で柔軟性に富んだ竹が出来るようなのです。

そういえば、高良神社で、男にあらず女にあらずのようなお顔の方が木の枝の間の空間に現れましたと言っていました。

このお方は鉄をこの地に持ってこられて、八幡と合体した存在としていらっしゃるようです。

ここは、交野から近いところに位置していますが、交野は天の川もあり星に関係した神社も多くあり、隕石が落ちた場所であります。この辺りは古代の製鉄所の遺跡も点在してます。

石清水八幡宮の土地が鉄分が多いのは隕石(隕鉄)の関係もあるのかもしれません。

3200年前のヒッタイト文明が鉄文明のはじまりとされていましたが、最近の日本人の発掘調査では、それより1000年古い時代に鉄が製造されていたという説もあり、鉄には隕石か宇宙人がかかわっていたのかもしれません。

〈石清水社〉

そして、太子坂を超え、石清水社へ到着

横には天御中主(あめのみなかぬし)様がお祭りしてあります。

水が溜まっている社の、その奥に大きな木があり、木の根元にどなたかいらっしゃるようです。

その方は代理の水専門の方とのことでした。

京都の川を守ってくださっている方とのことでした。(BさんとAさんによる)

仁王さんもいらっしゃるようです。

三位一体(火(鉄) 水(湧水) 土(男山、岩))により、災害から守ってくださっているとのことでした。

ありがとうございます。

石清水社は水が溜まっていましたが、けっして綺麗とは言えない状態でした。

白く濁っているし、ボウフラが沸いていて、周囲は蚊がいっぱい飛んでいました。

地球のバランスが崩れている証拠なのかもしれないと感じました。

ここで、私が以前から抱いていたもう一つの疑問が石清水社にはあります。

それは、なぜ142メートルほどの山の中腹で水が湧くのか?しかも夏でも枯れないといいます。

こうなると、これは、ここだけの話しではなく地球全体の話しになってしまいます。

参考になる文章がネットで見つかりましたので、リンクを載せさせていただきます。

https://ameblo.jp/allahakbar231/entry-11221090562.html

抜粋します

実は宇宙空間に大気はゴウゴウと散逸して行っています。宇宙空間とは殆ど真空なのですから、それは当然です。

つまり地球は大気を日々失っている、にも拘らず、月を50億年間その重力で繋ぎとめているのは、地球質量喪失を、遠い昔は善玉菌が、そして後には野山に生えている草木が酸素、水を常温核融合により質量創造して補填してきているからです、と申したら皆さん驚かれると思います。しかしそれは厳密科学的真実です。

<湧き水が何故高山に有るかの不思議>

山間を勢い良く流れる大量の清流を見る度に、不思議に思われるのである。

高地における湧き水は多くの場合、決してその上流に万年雪を頂いた高山が聳えている分けではない。これ自体が既に不思議である。奥山のそのこんこんと湧き出る大量の清水は一体何処からやってくるのか、どうやって作られているのか?

大気の補充は太陽エネルギーと宇宙に充満するエーテル・エネルギーを草木が質量に変換して行っている。その質量とは水としての質量である。これは草木が地球上に有る水素と酸素等の元素を化学的に使って水を作るという事では全くない。その論では質量を日々消失する地球がその失われた質量分を取り返す事を説明できない。つまり草木は光合成で水と二酸化炭素と日光から自分の身体の炭水化物を創り出し、それを酸素呼吸によって燃焼させて、水を発生させ、それを又光合成に使う、水のリサイクルをやっているのだが、太陽エネルギーと宇宙に充満するエーテル・エネルギーを利用して水の増殖を行っているという以外に、上述した余剰水の説明ができない。

空気中の酸素の存在比20%は、草木の光合成の発生酸素だけによっては説明がつかない。この製造された余剰水のある部分が先述した奥山の湧き水となり、又その余剰水の残りの部分が太陽の紫外線を浴びて酸素と水素に分解され、酸素は原子が重いので地表近くに残るが、水素は軽いので上空へ上空へと上がり、宇宙空間に散逸して行く。つまり草木は太陽エネルギーと宇宙のエーテルエネルギーを使って水の質量製造を増幅し、我々の飲水と呼吸するための酸素を日々質量として創りだし続けてくれていることとなる。

以上論じた事から、野山に生えている草木とは母なる地球にとっても崇高なる使命を帯びた者であり、我々人類が草木を如何なる躊躇もしないで大量伐採して続けているのを見るに付け、人類のその愚かさ加減に重大なる警告を発したい。

~抜粋終わり~

なるほどと思いました。

地球は宇宙と深いかかわりの中で存在しているということを改めて感じます。

〈石清水八幡宮にかかわるミステリー〉

ここ八幡の近くには他にもいくつかのミステリーがあります。

ミステリー 1 離宮八幡宮

石清水八幡宮の元社にあたり、八幡大神を祭神とする神社です。

貞観元年(859年)に清和天皇が、神託により国家安泰のため宇佐神宮から分霊し平安京の守護神として奉安することとし、その時に九州に使わされた大安寺の僧行教が帰途山崎の津(当時の淀川水運の拠点港)で神降山に霊光を見、その地を掘り起こすと岩の間から清水が湧いたのです。それを帰京後天皇に奏上したところ、国家鎮護のため清和天皇の勅命により「石清水八幡宮」が建立されたのが始まりとされています。その後「石清水八幡宮」は対岸の男山に移されました。

ミステリー 2 油祖離宮八幡宮

平安時代の後期、淀川の港町として栄えたこの地の人々の中に、荏胡麻(えごま)の油絞りの道具を考え出した者(離宮八幡宮の時の神官が神示を受けたとされる)「長木」という搾油器を発明し荏胡麻油の製油を始めました。

当初はこの道具を使って作られた荏胡麻油は、対岸の石清水八幡宮の灯明用の油として神社仏閣の燈明用油として奉納されていましたが、次第に全国にこの業が広まり、離宮八幡宮は朝廷より「油祖」の名を賜りました。

まだまだ、不思議が詰まっていそうな場所でしたが、石清水八幡宮を後にして、次は宇治上神社へと向かいます。

0 views0 comments

Recent Posts

See All

この日の天気予報は午後から雨の予報、 なんとか持ちこたえてほしいと願っての聖地探訪でした。 9月とはいえ夏と変わらぬ暑さを感じる 蒸し蒸しした日で参加者の皆様の体調も心配です。 まずは、神社のご神前で軽く挨拶を済ませ、 我々の目指す場所、奥の宮へ向かいました。 その前に鳥居の柱に文字が浮き出ているとの事。 意味不明でしたが、のちに分かる事でしょう。 この時はこれから起こる重要な儀式、出来事は全く予